人間は、過去の経験から今や将来を考える。
人間がモノを考えるとき、考える材料となるのが過去の経験だ。
人間は過去の経験を通して、未来を考える生き物。
学問や科学で考えると言う方法もあるが、学問や科学というのは実は、人類の過去の経験(の共通点)を、まとめたものである。
自分の経験も、他人の経験も、とどのつまりは全て過去のデータであるから、人間の思考というのは結局、過去の経験からスタートするってことだ。
ただ問題は、誰のどんな過去の経験を考える材料に選ぶかということだ。
そのために重要なのが「質問の仕方」で、質問の仕方がマズいと、良くない材料ばかり選んでしまい、迷路をさまようことになってしまう。
特に女性の場合、感情と記憶が結びつきやすいから、問いかけの方法を間違うとひどいことになる。
たとえば腹が立ったり恐怖を感じた時に、それに結びつく過去の記憶が芋づる式に蘇って、感情が頭の中だけでなく、身体も占領してしまうから大変。
こういうときに「なぜ?」「どうして?」と問うと、さらに同じ様な悪い記憶ばかり蘇って最悪だ。
「何であなたはこんな事をするのよ!あの時も、あの時も、あの時も…」こんな風に、ドンドン過去の記憶が芋づる式に蘇る。
つまり「なぜ?」「どうして?」というのは、一見素朴な質問のように思えるが、実は「過去をほじくり返す」ような質問だったのだ。
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「何をすればいいか」「どうなればよいか」を考える
「なぜ?」「どうして?」は、子供がよく口にする質問と同じである。
つまり「なぜ?」「どうして?」というのは、一番素朴な質問の形かも知れない。
しかしこの言葉を口にするとき、その理由は好奇心だとは限らない。
それどころかかなりの確率で、不満や怒りという感情を抱いている。
「なぜできないの?」「どうしてこうなの?」こういうのは疑問というより非難であり怒りだ。
そしてたいていの女性にとってこの質問は、できない理由を捜すための質問ではなく、できなかった過去の記憶を呼び戻す呪文になる。
つまりそれ以前に体験した同様の記憶が次から次へと思い出され、過去に抱いていた感情もドンドン蘇るのだ。
それで女性の場合、「なぜ?」「どうして?」という言葉が出てくると、さらに感情的になって収拾がつかなくなるわけだ。
だから「なぜ?」「どうして?」という質問は禁句だ。
そして「どういう感じ?」「どんな風?」と言うような現在の状態を尋ねるような質問や、「どうなりたい?」「何があればできる?」と言うような、未来方向の質問を、自分にも、他人にも投げかけるようにする必要がある。
ただいきなり未来に頭を向けるのは難しいので、「にんげんだもの」とか「長い人生でこの経験は何に役立つ?」などといった中立的な言葉が、ワンクッションとして必要になるわけだ。